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「東北地方太平洋地震」におきまして、被害を受けられた全ての方々に、心からのお見舞いを申し上げます。

2011年03月13日 22:24

「元気な企業を創るデザイン」並びに、「48PRODUCT」ブログ読者のみなさまの中には、大きな被害を蒙った、青森、岩手、宮城、福島、茨城にお住まいの方々が居られます。特に行政職はじめ団職員の方々も多く、その立場から、地域を壊滅状況から救うため、自身の家族の安全をさておきて、死に物狂いで活動をされているものと思います。お一人お一人の笑顔を想像しながら、安否を気にしております。必ず!お元気でいらっしゃること、必ず、今の事態が落ち着いた後に、また笑顔で再会できることを、心底よりお祈りおります。

終戦3年後に生まれた私も、敗戦後のモノの無い時代をなんとなく記憶していて、学生時代は安保闘争、社会人になりたての頃に、ドルショック、オイルショックと立て続けに見舞われました。流言蜚語で、トイレットペーパーの奪い合いなど、騒然とした社会も体験しています。サリン事件では、最寄り駅である八丁堀が野戦病院のようになった状況を、間一髪で逃れました。しかし、このたびの災害は、戦後ほとんどを経験している私にとって、そのような状況を遥かにしのぐ、敗戦後最大の試練だろうと“直感的”に感じています。豊かな物質に囲まれて、その環境になれ親しんだ「辛抱」の出来なくなった私たちには、これから、考えられないほどの「我慢」と言う、生活の仕方を実践しなければならない時期を迎えるのでしょう。

地震の当日は東京に居りまして、ご多分に漏れず帰宅困難者となりました。スタッフと共に、コンビニで残っていた食品を頂きながら、テレビの画面に見入っていました。自然の力を前にして、自分と同じ重さの人命が失われていく様と共に、地域の人たちが必死の努力を積み重ね、協力しあい、英知をつなぎ、積み重ね、築いた有形資産が、何の抗うことも出来ずに、壊滅していく様子が、悲しくも、悔しく思う気持ちと共に、その状況を、特別な力の無い市井の者でありながら、安全な場所で、曲がりなりにも食事を頂ながら、見ている状況が、整理できずにおりました。

一夜明けて、交通網が徐々に復帰したことを受けて、回復した路線を迂回しつつ、途中の駅から家族の車でのレスキューを受けて無事帰宅できました。ほっと一息ついた車窓から歩道を見ますと、ビジネススーツを着て鞄を持ったビジネスパーソンが、歩きにくいヒールや革靴で、腰や足の疲れを庇いながら、安息を求めて、整然と一列になって帰路に付く姿を見ました。何故か目頭が熱くなりました。同時に「この国は捨てたものではない・・・立派に立ち上がる」と確信しました。地震があった当日は、都内から脱出する夜間の帰宅姿が多く見られたようです。ほとんどの方が、整然と、時には声を掛け合い、女性の一人歩きも安全が確保され、無事帰宅されたことを聞いています。この国の「安全」と「互助精神」は、伝えられ、発揮され、健全に機能しています。うれしく思いました。この国は失ったものが沢山ありますが、残った無形資産である真の美点は山ほどあります。

私自身も明日はいつものように出社し、デザインという専門能力を生かして、何時もどおり仕事をします。ただ、今までと明日からの違いは、自分がこの国のために、今、何をしなければ成らないか、出来ることは何か、これを意識して活動しようと思っています。今、家中の電気を消し、幼かった時代のように一灯だけ燈して、このブログを書いています。ガソリンも、災害の復旧に関わる方々に使っていただくために、移動車用にとどめ、暫く好きなクラシックカーには、ひもじい思いをさせるしかないかな?と思っています。

TVでは、決意を固めた総理大臣が、国民に我慢を願い、日本の再生を決意するメッセージを伝えています。海外からの救援も頂いています。日本は凄い!日本を見習え!日本が新しい国の形と、新しい文化的な暮らしのデザインを創った!こう言わせたいではありませんか。僕らの遺伝子の中には、いざとなると、一致団結し難局を乗り越える「力」が埋め込まれていることを信じて、皆さん、頑張りましょう!
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