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見えないものを見せる可視化力

2012年12月19日 19:55

卒業制作の最終審査などがあり、ちょっと間が空きましたがまた再開します。今、今年最後の金沢~京都出張の車中です。前回は特講タイトルの「これからが本当のデザインの時代だ」の意味をあらためて確認しました。企業経営に携る方々も、ぜひ学生に教える側が何を語っているか?意識を共有してください。若い人材を迎えるために有効だと思います。今日は、その講義に対して、学生からもらった最も多くの感想を紹介し、再度、意味の深堀をしてみたいと思います。

対抗する二つの考え
デザインに形がなくなる・・・「へぇー、だから『LINE』もグッドデザインに選ばれたんだ!」
液晶テレビの縁が狭くなりデザインする場所がどんどんなくなる。反面、解決策そのもの、システムや仕組みを考える仕事が激増している。「それもデザインでそれらを創作する力を鍛えたくなった」や「見えるものに囚われずに、見えないものを見る力を養い、デザインする新たな力を鍛えたい」などなど。若々しい素直な意見が多く寄せられました。

対して、「やっぱりデザインは形があってこそだと思う! これからだって感動する形と色を求める人はなくならないはずだ。そんな人々のために、もっとセンスを磨いていい造形をしたいとあらためて思いました。」という逞しい意見も寄せられました。

この二つの意見はお互い相容れない対立する意見なのでしょうか?もう一度考えてみましょう。

馬場の考え<その壱>
見えないデザインは見えるデザインで活かされる

結論から言うと、いつまでたってもデザイナーは、「美しい形」を生み続けるのが使命です。理由は、解決策・システム・仕掛けそのものは、人の手で触ること、目で見ることができない構想です。いくら良い企画でも、そのままでは生活の役に立たないからです。『LINE』もスマホというハードに搭載されているから、人の眼と手を使って『LINE』の働きを引き出すことができます。だから見えないデザインは、見えるデザインによって、その働きは発揮できるのです。そう言う観点からハードのデザイン開発センスを鍛えることはこれからも重要です。

馬場の考え<その弐>
見えないデザインは見えるデザイン価値を決定する

しかし、Gマークが評価したのは、スマホと言うハードではなく、見えないアプリケーションそのものと、それを見えるようにしたのがインターフェースデザインでした。初期のインターフェースデザインは、インダストリアルやグラフィックデザインの一部の仕事でしたが、機能の高度化、複雑化に伴ってGUDは専門職が担当しています。気になる点は、見えるデザイン=プロダクトデザインの魅力・価値を決定づけるのはアプリケーションと言う見えないデザインだということです。つまり、講義で言った“解決策そのもの、システムや仕組み”です。ここに日本産業を元気にする未開のデザイン仕事が待っていると言いました。

馬場の考え<その参>
見えないデザインこそデザイナーの仕事

さあ、それでは見えないアプリケーションデザインのような、“解決策そのもの、システムや仕組み”は、一体誰が構想するのでしょうか?結論は、「できる人がやる」です。誰にでも門戸が開かれた新たな領域です。プロダクトの価値を左右する見えないデザインを他の誰かに任せる手はない!これが僕の持論です。ライバルは美大ではなく東大や早稲田、慶応だと言った意味がここにあります。しかし、彼らには構想を一瞬のうちに可視化(ビジュアライズ)できる力はありません。君たちにはその素養がある。だから日藝に入学できたんです。理想は!見えない「こと」を創作して。その「こと」の働きを最大化する見えるデザイン力を手に入れる。これが日藝で学ぶ理由です。

<余談> 僕のビジネスライバルはMBAの資格を持ち、精緻な分析力を持つコンサルタントさんです。僕がクライアントから頼りにされているのは、発想力と構想した「こと」を、素早くプロダクトプラン「もの」に表現できる日藝で鍛えた可視化力です。
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