ヒントは抽象化

2012年12月21日 13:00

見えるものをデザインしていた時代
前回の続きです。
“見えないことを創って、見えるものに置き換える”このことを、みんなが感動した縁のないテレビのデザインで考えてみよう。君らから見たら博物館にあるような古臭いテレビのデザインから、今のテレビに到った流れを見てみる。昭和33年、三丁目の夕日に出てくる昭和レトロなブラウン管方式のテレビです。このテレビ技術を知っているだろうか?これは過去のブログで語っているから読んでみて欲しい。デザイナーの卵として技術の進化は絶対に知らなければならない。

初期のTV
技術者が構想した製造上合理的なレイアウトの機械を、デザイナーがパケージングしたものでTVの原型デザインが生まれた。最中の皮デザインです。僕はこんな商品に新しい時代を感じてデザイナーを志しました。テストパターンを見て感動したなぁー。
1960年当時のナショナル広告

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江戸東京博物館より

家具調TV
原型デザインをベースに、大きく豪華に仕立て上げ、茶の間やリビングで見栄えのする設えとして権威的、装飾的に意匠を凝らしたデザインでした。テレビのもう一つの目的は部屋のシンボルとしての存在感を表すことだった。

. . . and tellys!
Photo by Elsie esq.

ここまでは、ナショナル、日立、三菱、東芝、サンヨ―、NEC、シャープ、富士電気、ゼネラル・・・まだあったかな(笑)各社、今の中国のように、日本が世界中のテレビを、次々と意匠を凝らし、最中の皮のパッケージデザイン開発に邁進し、多くのデザイナーを雇用していたんです。つまり見えるデザインの大競争時代です。さあ、そんな所にちょっと新しい風を吹き込んだ商品が現れました。

SONYのプロフィール
モニター用テレビとして大ヒットした商品です。ちょっとだけ見えないデザインにアプローチして、それを見えるようにデザインしたものです。つまりTV受像機としての“働き”を、抽象的に突き詰めていくと、家具のようなTV意匠である必要性がなくなり、映像を提供するデバイスとして捉えることができて、結果的に、新しい形を生み出すことに成功したのです。流石ソニーでした。

1986sonyprofeel.jpg
SONY PROFEEL

液晶テレビ
新しい技術が生まれると、あっという間にデザイン(意匠)が変わりますが、基本的には見えるデザインの発展型です。
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SHARP LC-37GD4
2012gooddesigntv
Samsung Electronics OLED 3D TV

テレビのデザインは画面の額縁と脚をデザインすることだったのに・・・。最大のデザイン対象だった縁が極端に狭くなったわけです。さあこの先、デザイナーは何をすればいいのだろう・・・。あれだけ多くの日本企業が世界中のテレビをつくりまくっていたのに・・・。なぜサムスンとLG電子に主役が移ってしまったのだろう?日本のテレビ復活のために、君たち未来のニューデザイナーは、何をどう考えたらいいのだろう?新しいテレビのあり方を連休中に考えて見よう。

解決策、システム、仕組みに目覚め、"見えないことをデザインする"ことに興味を持った君!
やっぱり美しいスタイリングがデザインだ!とあらためて自覚した君!

サムスンやLG電子に差をつける構想をして見てほしい。ヒントはテレビの抽象化にある!

また、この続きは次回お話します。

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見えないものを見せる可視化力

2012年12月19日 19:55

卒業制作の最終審査などがあり、ちょっと間が空きましたがまた再開します。今、今年最後の金沢~京都出張の車中です。前回は特講タイトルの「これからが本当のデザインの時代だ」の意味をあらためて確認しました。企業経営に携る方々も、ぜひ学生に教える側が何を語っているか?意識を共有してください。若い人材を迎えるために有効だと思います。今日は、その講義に対して、学生からもらった最も多くの感想を紹介し、再度、意味の深堀をしてみたいと思います。

対抗する二つの考え
デザインに形がなくなる・・・「へぇー、だから『LINE』もグッドデザインに選ばれたんだ!」
液晶テレビの縁が狭くなりデザインする場所がどんどんなくなる。反面、解決策そのもの、システムや仕組みを考える仕事が激増している。「それもデザインでそれらを創作する力を鍛えたくなった」や「見えるものに囚われずに、見えないものを見る力を養い、デザインする新たな力を鍛えたい」などなど。若々しい素直な意見が多く寄せられました。

対して、「やっぱりデザインは形があってこそだと思う! これからだって感動する形と色を求める人はなくならないはずだ。そんな人々のために、もっとセンスを磨いていい造形をしたいとあらためて思いました。」という逞しい意見も寄せられました。

この二つの意見はお互い相容れない対立する意見なのでしょうか?もう一度考えてみましょう。

馬場の考え<その壱>
見えないデザインは見えるデザインで活かされる

結論から言うと、いつまでたってもデザイナーは、「美しい形」を生み続けるのが使命です。理由は、解決策・システム・仕掛けそのものは、人の手で触ること、目で見ることができない構想です。いくら良い企画でも、そのままでは生活の役に立たないからです。『LINE』もスマホというハードに搭載されているから、人の眼と手を使って『LINE』の働きを引き出すことができます。だから見えないデザインは、見えるデザインによって、その働きは発揮できるのです。そう言う観点からハードのデザイン開発センスを鍛えることはこれからも重要です。

馬場の考え<その弐>
見えないデザインは見えるデザイン価値を決定する

しかし、Gマークが評価したのは、スマホと言うハードではなく、見えないアプリケーションそのものと、それを見えるようにしたのがインターフェースデザインでした。初期のインターフェースデザインは、インダストリアルやグラフィックデザインの一部の仕事でしたが、機能の高度化、複雑化に伴ってGUDは専門職が担当しています。気になる点は、見えるデザイン=プロダクトデザインの魅力・価値を決定づけるのはアプリケーションと言う見えないデザインだということです。つまり、講義で言った“解決策そのもの、システムや仕組み”です。ここに日本産業を元気にする未開のデザイン仕事が待っていると言いました。

馬場の考え<その参>
見えないデザインこそデザイナーの仕事

さあ、それでは見えないアプリケーションデザインのような、“解決策そのもの、システムや仕組み”は、一体誰が構想するのでしょうか?結論は、「できる人がやる」です。誰にでも門戸が開かれた新たな領域です。プロダクトの価値を左右する見えないデザインを他の誰かに任せる手はない!これが僕の持論です。ライバルは美大ではなく東大や早稲田、慶応だと言った意味がここにあります。しかし、彼らには構想を一瞬のうちに可視化(ビジュアライズ)できる力はありません。君たちにはその素養がある。だから日藝に入学できたんです。理想は!見えない「こと」を創作して。その「こと」の働きを最大化する見えるデザイン力を手に入れる。これが日藝で学ぶ理由です。

<余談> 僕のビジネスライバルはMBAの資格を持ち、精緻な分析力を持つコンサルタントさんです。僕がクライアントから頼りにされているのは、発想力と構想した「こと」を、素早くプロダクトプラン「もの」に表現できる日藝で鍛えた可視化力です。

講義レポートへの回答

2012年12月13日 18:39

日藝の特別講義を終えて、皆さんから頂いたレポートを読んでいます。

今回はH.Mさんのちょっとひねった意見に答えます。

「これからが本当のデザインの時代だ」とありましたが、これって今までデザインの時代じゃなかった。ということになりますよね。確かに戦時中や敗戦後はデザインどころじゃなかったかもしれませんが、時代によっても人によってもデザイン解釈が違うと思うので、「これからが本当のデザインの時代だ」と言うのは違う気がします。戦時中で言うなら、つつましい色合いで動きやすい(逃げやすい)この時代のいいデザインだったかもしれませんね(笑)。・・・だから「これからが本当のデザインの時代だ」と言う言い方は好きじゃない。・・・・デザインは無限に広がるものだと思っているので(笑)。
レポートより一部抜粋

とっても素直な良い意見だと思います。つまりこれが、権威のある人の意見や世評に惑わされることなく自分の頭と心で捉える「リテラシー」という姿勢です。先生はこんな考え方を望んでいます。でもよく考えると君自身、僕と同じ答えを最初から持っていたんだよ(笑)。

僕なりの答え
デザインは時代を相棒に歩んでいくものですから、君の言うとおり何時の時代も本当のデザインの時代です。理由は以下に書きます。

90分特講という限られた時間内、一気に経験と知識に差がある君たちとの間合いを詰めて、僕の話に引き込むためには若干の「棘・違和感」が必要なこと。君はその棘が刺さって、僕に意見をくれたわけで、大成功だね(笑)。僕なりに工夫した甲斐がありました。僕は講義をプレゼンテーションだと思っています。

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松下幸之助さんの「これからはデザインの時代だ」と言った戦後復興期は、造形・意匠のデザインが最先端であったこと。つまり君のいう戦時中の逃げやすいデザイン同様にね。つまり、これがこの当時の本当のデザインなんだね。

今、僕ら一線級のデザイナーは、松下さんから見たらずっと未来の人間で、氏の提唱された、造形・意匠から始めるデザインでは、すでに豊かな生活者になった今を生きる君たちを、更に豊かにすることとはできないことが20年前ま気付きだした。だからここに一歩後れた大手家電メーカーは苦労しているんだよね。

だから、「ブリッジデザイナー」として、「ニューデザイナー」候補の君たちに、先輩の唱えた名言「これからはデザインの時代だ」をオマージュとして拝借し、そこに「本当の!」という言葉を添えて今、これからの時代感を訴えたのです。

君に託すこと
やがてH.Mさんがキャリアアップして、馬場先輩が言っていた「これからが本当のデザインだ」に代わる・・・たとえば、「やっと始まる本当のデザイン」などと、君のセンスや品性を伺わせ、かつ、その時代の学生に刺さる「棘」を工夫し、君の後輩たちに特講して欲しい!

ところで、戦時中の逃げやすいグッドデザインって、具体的にどんな名称で、どんな意匠で、どんな工夫がしてあったのか?デザインを学ぶ学生としていい機会だから、「曖昧にしないで、きっちり調べてみよう」 それが本当の知識になりデザインの豊かな源になるよ。

Christmas at Miyajima School, 1946
Photo by Australian War Memorial collection

特別講義を終えて

2012年12月12日 14:15

日本大学藝術学部を、若干の憧れとちょっと妙な才能(笑)の人間が集まる学び舎として「日藝」と呼称しています。

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僕もご多分にもれず、「卒業は?」と聞かれると日大と言わずに「日藝です」と答えます。やがて「日藝卒です!」と、胸を張って答えられるように、後輩たちに特別講義をしてきたことは前回少しお話しました

講義のタイトルは・・・

これからが本当のデザインの時代だ
1951年羽田空港に降り立った松下幸之助氏曰く「これからはデザインの時代やで」あれから61年、これからが本当のデザインの時代になるのかもしれない・・・。

●最中の皮をデザイン(機能と意匠が区別されていた)する人から
羊羹のデザイン(働きと形の区別がない)ができる人になろう

●色と形づくりを頼まれてそれを受ける人から
色と形づくりを自分で自分に発注できる人へなろう

自分の経験を通じて得たことで、特に未来のデザイナーたちに、以下の5つついて提案してきたのです。

社会の期待に応えるデザインとデザイナー
●今起きていることを自分なりに再編集して把握する力
●今起きていることの問題を発見する力
●未来の問題解決に向けて発想する力
●発想した解決策をビジュアライズする力
●解決した策の実現に向けて必要な人を説得する力

その結果、とても熱い反応を見せてくれました。学生からもらったレポートを主張先の京都、広島、山形、金沢と持ち歩き、今も少しずつ、しっかり読んでいます。

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とりわけ嬉しかった代表的な意見として以下の2つで、「あー、熱意を持って語りかけた言葉が届いた!」と思った次第です。

「豊かな社会のために自分たちのデザインが必要だと気付いたこと」

「自分が目指していとことはデザインではないことにはっきり気がついたこと」


いずれも、デザインする、しない、に関わらず、仕事を選ぶということは、“自分の人生は誰かのためにあるのだ”という基本姿勢を感じてくれたことでした。このブログの狙いである「企業を元気にするデザイン」のはしくれに、僕の後輩たちも加わり、デザインの話が始まる予感がしました。