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日本型ものづくりの敗退

2011年01月12日 08:00

また、この国は過ちを犯しそう・・・。
ある日、関西の工具メーカーショールームで、この会社を創設された方が戦時中に使っていたという説明書きが付いた工具セットを拝見しました。

九九艦爆整備兵とミシン名人
飴色に変色した木製工具箱は、墨痕鮮やかであったであろうと思わせる達筆で「九九式艦上爆撃機 整備工具」と記され当時を忍ばせるに十分な存在感がありました。
1942年12月 日本帝国海軍機動部隊の航空母艦から発進し、あの真珠湾攻撃を行った、当時世界第一級性能の艦上爆撃機の整備工具なのです。

なぜ、今この話を思い出したのかと言いますと、前回お話をした倉敷は児島のおばちゃんによるミシンの名人級職人技とダブったからです。

工具箱の中にはヤスリ
工具箱の蓋を開けると出てきた工具の半分くらいは、なんと、おびただしい種類の「ヤスリ」だったのです。暫くその理由が分からず、漫然と工具を眺めていたのですが、多少兵器や戦術に興味があったからでしょうか?ピン!ときました。ここに戦争負けた象徴を見たのです。

We Still Work
Photo by Matt Reinbold

結論から言うと、日本は個人の技で勝ったが総力戦で負けた!ということです。そこには、個人の経験や知識の極みはあったものの、それらのノウハウ化、共有化、その先のシステム化が成された気配が全くありませんでした。

日本型ものづくりの敗退
優秀な設計技師の作成した図面をもとに、徒弟制度で鍛えられたであろう職人技の熟練工が生産・組み立てを行う。月月火水木金金と、すさまじい訓練で錬度を高めたエースパイロットが操縦し、華々しい戦果を上げ帰還する。そのたびに機体毎の癖を知り尽くした職人技量を持つ整備兵が、問題の「ヤスリ」で削って調整(整備とは決して言わない!)する。開戦初期は、あらゆるジャンルの職人芸が結集する日本型ものづくりの勝利が続きました。

しかし、片や標準化されたアメ車の大量生産ラインを代表とするシステム工学をベースに、チューインガムを噛みながら、気楽に数値管理しつつ、手習い程度の作業者が楽々パワーツールを使い、数十倍の速度で、2000馬力を発生する発動機を登載した飛行機を組み立てていく。旋回性能とパイロットの腕が劣ると知れば、恥も外聞も捨てて躊躇せず2対1でゼロ戦に挑む。

Curtiss Factory in Buffalo, NY
photo by Hawk914

そのうち日本は消耗戦で優秀なパイロットが戦死し、やっとこさ国民から戦費を調達して造った宝のような飛行機も同時に失っていく。工場は空襲を受け女子挺身隊が旋盤で削った部品を組み込んで、時代遅れはまだしも定格性能さえも保証できない戦闘機が細々と前線に配備される・・・。なんともはや、哀れな職人技の敗退ではないですか。

Zero Fighter
photo by Les Chatfield

ここに来て、優秀な日本人のきめ細かな職人技を必要以上に称える番組を見ると、第2の敗戦がそう遠くないと感じてしまうのは杞憂なのでしょうか?職人技はとてもいいのですが、それを生かす仕組みがもっと必要なのだと言うこと。そこにこそデザインの真髄がある!と思っています。

製
Photo by Roger

いかん、いかん、まだ年の初めなのに暗い話で終わりそうです。しかし!これは必用なことで、思い切り下に落ち込んで原因を究明し、後は卯年に相応しく、ピョン!とジャンプすることが、真に新しい解決策を創造することにつながります。

次回はやっと!この話をきっかけに、明るいデザインの話にもって行きます。

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日本の逆襲!ホントかな?

2011年01月11日 08:00

1月4日(月)テレビ東京の『ガイアの夜明け』ニッポンの“反転攻勢” ~世界を席巻する“和”の主役たち~を見ました。
テーマは、従来型の先進技術による躍進というものではなく、日本独自の文化、日本型サービス、独自の職人技を持ってして、押し寄せる海外に逆襲しようと、健闘している人と企業の活動報告でした。

『ハローキティ』は、ディズニーよりファン層が格段に広く、アメリカでも大人から子供に幅広い高い人気。なんとライセンスビジネスの提携先は120を越える>という。近年言われている、アニメやキャラクターなどクールジャパンの代表的なニュービジネスの旗手。例のハローキティキャラでラッピングされた移動販売車が、ニューヨークのストリートに現れ、大人たちがニコニコしながら群がっていたのが印象的でした。

Hello Kitty bus #2638
Photo by Nemo's great uncle

『QBハウス』1000円の理髪店がシンガポールでの大ブレーク。例え格安ショップでも日本の理容師技術が高いのは、理容師の免許制度があるかららしい・・・と言うと、海外では自由に人の髪を切ることが出来て、下手な担当者に順番が回ると最悪とのこと。規制緩和がされないこともたまにはいいことがある!
「早い安い上手い」の三拍子そろって、なんと、男性サラリーマンや学生御用達の1000円床屋が、シンガポールではとてもクールで、顧客の40パーセントがヘアスタイルにうるさい女性客。順番待ちの若い女性がおしゃれだったのが印象的。

QB House
Photo by Cedric Sam

『加賀屋』17年連続、日本一の顧客満足度を誇る和倉温泉の台湾進出物語。日本の伝統的サービス業である「旅館」が、海外に始めて輸出されるとの切り口が新鮮でした。
日本と同サービス、同料理、一泊3万数千円の同料金で、台湾の富裕層の心を狙う、日本の“おもてなし”の海外進出。日本の老舗旅館が育ててきた“おもてなし心”は、「一期一会」という精神で成り立っていて、文化の異なる仲居修行の人に、一見非合理的な立ち振る舞いの決め事を仕込むことで、悟っていくプロセスに共感しました。
あのリッツカールトンホテルで供されるサプライズサービスは、現場の第一線情報が一瞬にしてスタッフの共有情報になり実現されますが、加賀屋も同様で、誕生日に気付いた仲居さんの機転で、バースデーケーキが届けられた台湾人のご夫婦が、「来年もここで誕生日しようね」と言った言葉が印象的で、東西老舗サービス業の凄さを垣間見ました。確実にファンを育ていく様子が見えました。

Kagaya @ Beitou
Photo by Shenghung Lin

『マルミツアパレルとギヤマン』しこたま中国にやられ尽くされた倉敷市児島の『マルミツアパレル』と、東京文京区で子ども服事業を営むの『ギヤマン』と協力して、繊維製造のメッカとなった中国へ進出し中国人顧客の心をつかむ話。『マルミツアパレル』はメーカーと言うより内職のまとめ屋さん。児島で内職を営むおばちゃんたちの名人級のミシン技術を駆使した人気子供服をつくり吉祥寺で販売。そこに子ども服事業を手がけている『ギヤマン』が、中国進出話を持ち込み、3500元(4500円)という中国では破格ではあるが、履き心地の良い『日本職人製』というネームの入った商品の優秀性を訴求!店頭で、「高いですね!」と言いながらも、余裕のある上海の家族が“日本の品質をしっかり理解”。満足げな大きな笑顔でお金を払う画像。片や銀座の街頭インタビュー、銀座に似合う裕福そうな日本女性が、『ユニクロ』で買ったダウンジャケットを手にとり、「あっ、日本製じゃないー。中国製だったんですねぇー」と上品な声、それでも満足げで笑みを浮べていました。同じ笑顔でも中身が異なる日本と中国の消費マインドが逆転した瞬間を見た思いでした。

いずれの題材も、グローバルな日本の工業力の力強さではなく、日本のローカル文化、サービス、職人技が海外に通用すると言う切り口での紹介でした。

希望に満ちたエンディングで番組は終わるのですが・・・、本当に希望があるのだろうかと、最近多いこの手のレポート内容を、鵜呑みにする気にならなくなった自分がいました。一つ一つは決して悪くはないのですが・・・

が!です。
最後に印象に残ったのは、倉敷の児島で辛うじて廃業をせず、細々と内職でつないで来た60歳くらいのおばちゃんの言葉と嬉し涙でした。

辛酸を味あわせてくれた中国逆襲商品に、決して日の目を見ない内職仕事であるにもかかわらず、自分の個人名が入った品質保証スタンプを押せる嬉しい涙。それと『マルミツアパレル』光實社長に、

今はええけどなぁ、うちらそう先がないんョ。若い子がおらんやろぅ

と、諭すように語った寂しげな言葉。この二つです。

「どこでこの国は進路を誤ったのだろう・・・」今日はやるせない結末ですが、この続きはまた・・・。

個紋・KOMON

2011年01月08日 17:00

さあ、今年も活動開始です!
皆さんも良いお正月を迎えられたと思います。始めからデザインの重い話もなんですから、今日は私の個人のアイデンティティーマーク=「個紋」をご紹介します。これは今年の年賀状でご案内したものです。

私の「個紋・KOMON」のご紹介
会社には「CI」

家には「家紋」

クルマには「オーナメント」

各種チームには「クラブマーク」

などなど・・・それぞれに存在を証明する「証」がありますね。ところが個人の紋章となるとなかなか手軽に持てるものではありません。

そこで!そこで!弊社のもうひとつの活動である「48PRODUCT」に、「個紋」デザインと言うビジネスがあり、今まで少数ですが、特定の方々に限りデザインをさせていただきました。しかし、提唱しているご本尊の個紋がないのも・・・と言うことで。このたびデザインをしてみました。それがこのマークです。

satoru_komon01.jpg

誰のものでない、自分の人生の「証」が欲しい!
こんなことを考えたのは、今から6年ほど前になります。

団塊世代の仲間が早期退職で企業の名刺を使えなくなる。

趣味の集まりでビジネスカードを交換すると何とも言えない違和感が残る。

社会活動なのに企業の大小と肩書きの上下で平たい人間関係がつくれない。

「それなら社縁に頼るしかない“狭っ苦しさ”が嫌いで、自分だけの「証」がないものが?」と考えました。

コンセプト
僕の「個紋」デザインテイストは・・・

“アメ車”と揶揄されてもかまわない!愛車シボレーフリートラインのボンネットに鎮座して相応しいもの!
そうそう、英国はロールスロイスのパルテノン型ラジエーターグリル上に、飛翔するフライングエンジェルのように!です(笑)

flfront.jpg

フィロソフィー(大げさな!)は、今まで生きてきた自分流のスタイルを感じさせ、出来れば「かく生きたい!」と願う「道標」
そうなるべき意味を持つもの・・・という欲張ったコンセプトでデザインしました。

「了」とは、コンセプトで束ねる意味だった!? 
satoru_komon.jpg
親に名付けてもらった「了」と言う名前(漢字)には、“糸の端を括り束ねるという意味”があるようです。それで「ハイ!コレで終わり」=完了なんですね。

そう言われればデザインという仕事は、捩れ絡まり、時には解れそうになる人の思いを「コンセプト」で束ね、そこに参加する人たちが一致団結し活動できるようにすることが使命です。

「了」の両側に生えている翼は自分が結ぶべき4本の糸でできています。

1本目は、今を未来につなげる糸 (未来発想)

2本目は、未来を織り成す糸 (仮説発想)

3本目は、織り成した未来が解けないようにする糸 (コンセプト)

4本目は 織り成した未来を実現に導く糸 (デザイン)

そこに、LIFE IS SWEET(人生は最高だ!)と、これからの人生を愉しむキャッチフレーズと、自分の生まれた年号である「48」をあしらい、サビ(錆でもいいか 笑)を効かせてみました!

やや出来過ぎの感(笑)が無きにしも非ず!ですが、自分の未来の先行きが愉快なものでありたい!と願うのが人情で、まあ、お正月ということもありますし、還暦を余裕で過ぎた親父の戯言と、笑ってお許しください。

若い人にはもっと気楽な個紋があっても良いと思います。弊社スタッフも、まもなく各自のノリのいい「個紋」をご披露すると思います。どうぞご期待ください。

komon_item.jpg
KOMONがあれば例えばこんなオリジナルアイテム展開を楽しめます

どうですか?皆さんも創ってみませんか?

2011年は「個紋」と、いい笑顔で出会いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

※ 詳しい“個紋縁起”は続きをご参照ください。
[ 続きを読む ]

今年もデザイン三昧でした!

2010年12月31日 08:00

この一年振り返って見ますと・・・
宮城、山形、新潟、石川、福井、栃木、埼玉、東京、山梨、三重、京都、広島、大分、熊本と、今年も全国の皆さんに、たくさんお会いすることができて、まさにデザイン三昧の1年でした。本当にありがとうございました。

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今年のトピック
1. 弊社デザイン開発手法の「3×4」デザインプログラムを、10年目にして、分析型からオール発想型に大転換したこと
 →これはいずれ近いうち新しいテキストにして、弊社お取引先と受講企業様にご案内すると共に、書籍にして多くの皆様にお使いいただくことを考えています。ただし、これは、ひとえに私の努力にかかっています(笑)。どこまで年明けに頑張れるか!ですね。

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2. 「ING DESIGN」というデザイン思考に基づいた新商品が提案され、大きな反響を呼び、新しい産地のものづくりがスタートできたこと
 →ブログで御紹介しましたが、燕三条地場産業振興センターの支援事業から、新しい概念の商品が生まれたことは、とてもうれしい出来事でした。何よりも企業のデザインに対する解釈と姿勢がきちんと定まり、地域の新たなものづくりが見えてきたことが喜びでした、さあ、来る年はどのような成長を見せますか!

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3. 「つなぐ」と言う概念で、ばらばらに進化をしてきた地域産業のものづくりを生活視点でつなぎ、新たな価値と産業を創りだす活動がスタートできたこと
→激烈な国際競争が“軽自動車にレクサス品質を仕込む日本流ものづくり”を生んで。結果、地方製造業が行き先を見失っている現実を今年も目の当たりにしました。ドメスティックな住宅産業が地域に生き残っていることを幸いに、地域のものづくりをつなぎ、地域産業を元気にしたいと思っています。

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来る年が、皆様にとって幸多き年でありますように!

デザイナーの特権?

2010年12月21日 08:00

僕が乗っている1948年製シボレー・フリートラインは、ボディーに3本のラインを走らせています。全体にぼってりしたボディーを、低くシャープに見せるためと、スペシャリティーのグレード感を演出するのに、実に効果的な装飾です。

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実はこの3本ラインは、フリートライン エアロセダンのデザインモチーフとして、デザインの重要な表現要素になっています。この処理はエクステリアだけに止まらず、インテリアでポイント的に使われています。

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初期型が1942年(昭和16年・太平小戦争開戦)ですから、デザインされたのはおそらく1940年頃(昭和14年)だと思います。その頃の日本車はダットサンが代表的な車で、そのような処理は見受けられません。

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日経トレンディー【鉄人】日本の誇るべきスポーツカー「フェアレディZ」の軌跡を振り返るより

英国車ではMGが6角形のモチーフが大切にされ、代々引き継がれていて、MGファンはそれをアイコンとして大切にしています。

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時代はグンと近代になります。
アウディーTTクーペのワンモーションスタイリングが、その後のデザイントレンドを牽引しますが、どうもフリートラインのエアロデザインとダブります。

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アウディーのTTクーペを見たのが1999年のグッドデザイン審査会場。( Audi TTクーペは1999年グッドデザイン金賞を受賞しました

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Photo by Philippe BOBET

僕は当時トランスポーターのデザイン審査を担当していて、実際に乗ってみるなど、細部にわたりしっかり観察してみました。そこでもフリートラインやMG同様、あるデザインモチーフが繰り返し表現されていたのを覚えています。円形のパターンが繰り返し、繰り返し、これでもかと用いられていたのです。

2004 audi tt coupe
Photo by chris_lori

米国、英国、ドイツと、半世紀以上たってもデザイナーはやることが同じです。車は大きなプロジェクトで仕上げるのもで、デザイナーの裁量権はそう大きくありませんが、車の性格訴求やスタイリングの整合性を豹変する!と言う理屈を謳って、「自分の仕事だ!」と、堂々とボディーにキャンバス代わりに表現したとしたら・・・!!!凄く贅沢な遊びですよね。

実は僕自身、自分がデザインしたプロダクトにサインをするように、スタイリングコンセプトを創り、型に刻んだ経験があるような、ないような?

皆さんも、ご自分の車や、身の回りのプロダクトを観察して、デザインの重要なデザインモチーフを探してみてください。もしかしたらデザイナーの仕込んだ遊びが発見できるかもしれません。