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新田知水ビジネス 3

2017年02月06日 08:00

「知水」とは独自のForceで「知的資産」のこと

実際に「新田」を開墾する「知水」とはどんなものなのでしょうか?先週のイラストから探って行きましょう。
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都市近郊の小規模兼業農家さんへ、自社の機器・設備と共にビジネスモデルを提供し、収益性に優れたアグリビジネスを実現し、近隣マーケットへ販売する一気通貫ビジネス。


農業資材や設備を提供する会社が、どうして販売事業までコンサルテーションし、一気通貫した事業構想ができるのか?おそらく自社シーズを真面目に捉え、「強み」をもとに構想していたら、「我田引水」のビジネス提案しかできなかったと思います。例えアイデアが出たとしても、「これは我が社の事業ドメイン(領域)」から外れているから・・というブレーキがかかったことでしょうね。


この「新田」を開墾する「知水」とは?

この事業所は、生産農家が使う農業用資材から、流通販売に関わる流通梱包資材まで扱っていて、市場や販売現場のビジネス事情を良く知っています。言い方を変えれば、農場からスーパーマーケットの棚までをビジネス領域にしていたのです。それだけなら良くある話しなのですが・・・

本当の秘密は、自社の経営資源の棚卸し方法にあったのです。社員全員が「私が提供できる知恵と技(仮称)」という、知的資産カードを一定のタイミングで更新し、ある部門に集積しておくというシステムがあったのです。

ここからはもう言わずもがなですね。知恵と技を「知的財産の素」として扱い、必要に応じてピックアップし、深め、関連づけていく、クルーはこれをデザインマネジメントの重要な仕事として行っています。
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画像クリックで拡大します

素材と技術だけの自社シーズに加え、あなたの会社に隠れた「知的資産」があるはずです。それを発見して育て「知水」にする仕事がデザインで、仕組みをつくり活用するのがデザインマネジメントだと思います。

つづく

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ヒントは抽象化

2012年12月21日 13:00

見えるものをデザインしていた時代
前回の続きです。
“見えないことを創って、見えるものに置き換える”このことを、みんなが感動した縁のないテレビのデザインで考えてみよう。君らから見たら博物館にあるような古臭いテレビのデザインから、今のテレビに到った流れを見てみる。昭和33年、三丁目の夕日に出てくる昭和レトロなブラウン管方式のテレビです。このテレビ技術を知っているだろうか?これは過去のブログで語っているから読んでみて欲しい。デザイナーの卵として技術の進化は絶対に知らなければならない。

初期のTV
技術者が構想した製造上合理的なレイアウトの機械を、デザイナーがパケージングしたものでTVの原型デザインが生まれた。最中の皮デザインです。僕はこんな商品に新しい時代を感じてデザイナーを志しました。テストパターンを見て感動したなぁー。
1960年当時のナショナル広告

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江戸東京博物館より

家具調TV
原型デザインをベースに、大きく豪華に仕立て上げ、茶の間やリビングで見栄えのする設えとして権威的、装飾的に意匠を凝らしたデザインでした。テレビのもう一つの目的は部屋のシンボルとしての存在感を表すことだった。

. . . and tellys!
Photo by Elsie esq.

ここまでは、ナショナル、日立、三菱、東芝、サンヨ―、NEC、シャープ、富士電気、ゼネラル・・・まだあったかな(笑)各社、今の中国のように、日本が世界中のテレビを、次々と意匠を凝らし、最中の皮のパッケージデザイン開発に邁進し、多くのデザイナーを雇用していたんです。つまり見えるデザインの大競争時代です。さあ、そんな所にちょっと新しい風を吹き込んだ商品が現れました。

SONYのプロフィール
モニター用テレビとして大ヒットした商品です。ちょっとだけ見えないデザインにアプローチして、それを見えるようにデザインしたものです。つまりTV受像機としての“働き”を、抽象的に突き詰めていくと、家具のようなTV意匠である必要性がなくなり、映像を提供するデバイスとして捉えることができて、結果的に、新しい形を生み出すことに成功したのです。流石ソニーでした。

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SONY PROFEEL

液晶テレビ
新しい技術が生まれると、あっという間にデザイン(意匠)が変わりますが、基本的には見えるデザインの発展型です。
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SHARP LC-37GD4
2012gooddesigntv
Samsung Electronics OLED 3D TV

テレビのデザインは画面の額縁と脚をデザインすることだったのに・・・。最大のデザイン対象だった縁が極端に狭くなったわけです。さあこの先、デザイナーは何をすればいいのだろう・・・。あれだけ多くの日本企業が世界中のテレビをつくりまくっていたのに・・・。なぜサムスンとLG電子に主役が移ってしまったのだろう?日本のテレビ復活のために、君たち未来のニューデザイナーは、何をどう考えたらいいのだろう?新しいテレビのあり方を連休中に考えて見よう。

解決策、システム、仕組みに目覚め、"見えないことをデザインする"ことに興味を持った君!
やっぱり美しいスタイリングがデザインだ!とあらためて自覚した君!

サムスンやLG電子に差をつける構想をして見てほしい。ヒントはテレビの抽象化にある!

また、この続きは次回お話します。

講義レポートへの回答

2012年12月13日 18:39

日藝の特別講義を終えて、皆さんから頂いたレポートを読んでいます。

今回はH.Mさんのちょっとひねった意見に答えます。

「これからが本当のデザインの時代だ」とありましたが、これって今までデザインの時代じゃなかった。ということになりますよね。確かに戦時中や敗戦後はデザインどころじゃなかったかもしれませんが、時代によっても人によってもデザイン解釈が違うと思うので、「これからが本当のデザインの時代だ」と言うのは違う気がします。戦時中で言うなら、つつましい色合いで動きやすい(逃げやすい)この時代のいいデザインだったかもしれませんね(笑)。・・・だから「これからが本当のデザインの時代だ」と言う言い方は好きじゃない。・・・・デザインは無限に広がるものだと思っているので(笑)。
レポートより一部抜粋

とっても素直な良い意見だと思います。つまりこれが、権威のある人の意見や世評に惑わされることなく自分の頭と心で捉える「リテラシー」という姿勢です。先生はこんな考え方を望んでいます。でもよく考えると君自身、僕と同じ答えを最初から持っていたんだよ(笑)。

僕なりの答え
デザインは時代を相棒に歩んでいくものですから、君の言うとおり何時の時代も本当のデザインの時代です。理由は以下に書きます。

90分特講という限られた時間内、一気に経験と知識に差がある君たちとの間合いを詰めて、僕の話に引き込むためには若干の「棘・違和感」が必要なこと。君はその棘が刺さって、僕に意見をくれたわけで、大成功だね(笑)。僕なりに工夫した甲斐がありました。僕は講義をプレゼンテーションだと思っています。

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松下幸之助さんの「これからはデザインの時代だ」と言った戦後復興期は、造形・意匠のデザインが最先端であったこと。つまり君のいう戦時中の逃げやすいデザイン同様にね。つまり、これがこの当時の本当のデザインなんだね。

今、僕ら一線級のデザイナーは、松下さんから見たらずっと未来の人間で、氏の提唱された、造形・意匠から始めるデザインでは、すでに豊かな生活者になった今を生きる君たちを、更に豊かにすることとはできないことが20年前ま気付きだした。だからここに一歩後れた大手家電メーカーは苦労しているんだよね。

だから、「ブリッジデザイナー」として、「ニューデザイナー」候補の君たちに、先輩の唱えた名言「これからはデザインの時代だ」をオマージュとして拝借し、そこに「本当の!」という言葉を添えて今、これからの時代感を訴えたのです。

君に託すこと
やがてH.Mさんがキャリアアップして、馬場先輩が言っていた「これからが本当のデザインだ」に代わる・・・たとえば、「やっと始まる本当のデザイン」などと、君のセンスや品性を伺わせ、かつ、その時代の学生に刺さる「棘」を工夫し、君の後輩たちに特講して欲しい!

ところで、戦時中の逃げやすいグッドデザインって、具体的にどんな名称で、どんな意匠で、どんな工夫がしてあったのか?デザインを学ぶ学生としていい機会だから、「曖昧にしないで、きっちり調べてみよう」 それが本当の知識になりデザインの豊かな源になるよ。

Christmas at Miyajima School, 1946
Photo by Australian War Memorial collection

開発はテーマが重要 1

2012年09月06日 17:07

テーマって開発の独自課題です。同じ分野の似たような商品でも、ダントツ売れているのはテーマが鮮明です。つまり、商品開発をするにあたって、独自の切り口を持っているということです。そんなことはあたり前だと思っておられるでしょうが、これがなかなか難問なのです。

ヒット要因分析だけで企画する危うさ
例えばヒット商品番付表に載った商品でそれを考えてみましょう。日経MJさんは読者に参考になるように 何故ヒットしたのか?理由を分析し独自の解釈で解説してくれます。読者はそれを参考に・・・さあ、どうしますか?もちろん、(ヒット理由)=(顧客が買いたくなる理由)=(消費トレンド)として解釈し、それをキーワードに自社企画を見直しますよね。しかし、それで万全でしょうか?どうも僕には少々違和感が残ります。

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要因分析は出口分析
ヒットした理由はあくまで売れた結果論です。極端に言うと、それは解析した専門家の経験と価値観に基づく創作だと思っています。そこには、開発者が何を目指して開発したのか?と言う目線で見ていない!大きな落とし穴があると思っています。個々の消費者はもっと個別的で切実な事情や、心に引っかかる刺激があって、モノやサービスを購入していて、最大公約数のヒット要因とは異なる感覚をもっています。問われれば、「別にそんな気持で買っていないよ・・・」または「そうかもしれない・・・けど」って感じではないでしょうか?つまり、ヒット要因とは全体にほんわり網を被せた解釈だと思いましょう。

2012年上期ヒット商品キーワードはこのように編集されています

ひと足
渋谷ヒカリエ ガンダムフロント東京 三井アウトレットパーク木更津・・・
MOBILE SUIT GUNDAM  Tokyo Skytree

ひと息
1人カラオケ レノアハピネスアロマジェル コンビニコーヒー・・・

ひと安心
塩こうじ 丸の内タニタ食道 ダンスグッズ・・・

テーマ想像は入口発想
だからと言ってヒット要因が不要とは言いません。加えて必要なのは・・・

商品開発者が何を仕掛けたのか?何をか解決しようとしたのか?企画の入口である開発テーマを想像してこそ、結果の分析がセットになって生きてきます。

ただし、入口で目指した思惑どおりにヒットするとは限りません(笑)。次回はちょっとだけ具体的にテーマ探りを考えてみます。

つづく

デザインの行方 16

2012年05月15日 11:49

デザイナー進化 2
前回までは、“<デザイナー進化1> 大企業で他の部門とやり合い開発の方向性を先導できるプロデュース型デザイナー”を取り上げましたが、今日から“<デザイナー進化2> 企業のシーズを理解し他産業と協業しつつ新事業を創造するデザイナー”に触れてみたいと思います。

デザイナーが救世主になる
これは企業の大小に関わらず、垂直統合や自前路線にこだわり、会えて進化を拒むかのような企業の内と外で関わるデザイナーが、救世主になるチャンスです(笑)。技術開発から販売まで、一社ですべて抱え込み企業規模を誇る時代は、バブル経済の崩壊と共に終わりました。規模が大きいほど良いビジネスを展開するのに有利だったものづくりが終わったと言うことです。嘗て、日本10社以上の総合家電メーカーがあったんなんて、今にして見れば日本が発展途上国だった証明で、価格競争で勝負が決まるコモディティー商品のビジネスはアジアに移るのが必定です。やがて、金太郎飴のようなクルマをつくる自動車メーカーも同じ運命をたどるのでしょうね。

救世主は触媒!?
さて、そこで!進化型デザイナーの登場です。古い話ですが。1988年、世界で初めてデザインマネージメントの研究レポート(ハーバードビジネススクール)がなされた「TRIAD DESIGN PROJECT」(日本産業デザイン振興会主催)で、アメリカ、ヨーロッパ、日本の三極で成功したビジネスにデザインが果たした役割)の中で、デザイナーは、“スタートからのパートナーであり、触媒としてのデザイナー”であった!ということが成功ポイントであったと報告されていました。 

それは、以下の理由によります・・・

・デザイナーは異なる開発テーマを持つプロジェクトに、同時並行的の関与をしていること

・技術職は専門的分野ごとに分かれて研究して、異なるプロジェクトの解決策に触れる機会がないこと


従って、デザイナーは異なるプロジェクトが抱える課題について共通する解決策に気づき、それを融通する役割をはたしていた。25年も前の世界で成功した商品開発プロジェクトの共通事項でした。

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専門特化した企業ほど専門性を持たないデザインが救う?
ここから得られる知見はこのすごく本質的なことで、事例は大企業のデザインマネージメントでしたが、それ以上に、異なる産業、企業、開発分野などで、デザインがブリッジをかける役割は測りきれないほど大きなものがあります。小さな企業が研究して得た成果をビジネスに結びつる。異なる技術組み合わせによって、新たな解決策を生み出すなど、さまざまな分野で活躍し、あえて専門分野にとらわれない発想力を持つデザインの強みがあるのです。

次回はここをこう少し深めてみます。

つづく