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デザインの行方 12

2012年05月01日 14:41

4月29日はお台場で開かれた「ストリートカーナショナルズ」に参加してきました。面倒くさい理屈はともかく、気楽で愉快で盛り上がる楽しい一日を、クルーファミリー総動員で過ごしました。僕の周りのクルマ好きの多くは、アメ車に乗っている品性がすこぶる悪い奴らの集会だと思い(笑)あまり遊びに来る人はいません。

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好き嫌いはともかく僕は、ストリートで自分の創意工夫した自慢のクルマを転がしながら、“カーライフのパフォーマンスを楽しむ・楽しませる”愉快な仲間のお祭りだと思っています。ですから、自分の生き方や楽しみ方(楽しませ方)をベースに、クルマをいじり遊ぶことが最もクールです。気になるクルマを素材として選びその特徴を壊さないように、自分のオリジナリティーを最優先しながら、世界に一台のクルマに仕上げていくことを楽しんでいます。反面、多くのクラシックカーファンは、デザイナーやメーカーがつくったまんまのオリジナル性を徹底して守ります。その上で、伝統的な背景やかくあるべきスタイルを受け継ぎ、その世界観の中でクルマ遊びを楽しみます。

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基本的にオリジナルという解釈と価値観が全く違うので、お互いに相容れないのでしょうね。その両方を共に大好きな僕は相当な変人なのだろうと思います。でも「さくらモーニングクルーズ」には、いろいろなクルマファンが集まります。ゆるいルールでありながらも、そこには暗黙の了解があることでいい雰囲気が保てている。それが人気の秘密!だと思います。詳しいレポートは「Jr」の「48PRODUCTブログ」でお楽しみ下さい。

ちょっと間が空きました。大袈裟ですがそろそろ「デザイン進化論」の開始です。

デザイン進化を始めよう
デザインの行方でこんな提言をしました。デザイナーよ「デザイン村」から飛び出して、もっと外に向かって活動しよう!学生よ!仕事はいくらでもあると言いました。デザインする側とデザインを発注する側に接点がなく、デザインマーケットができていないだけなのです。これからデザインの活躍が潜在的に求めている事例として、8つの事業を上げました。

1大企業で他の部門とやり合い開発の方向性を先導できるプロデュース型デザイナー
2企業のシーズを理解し他産業と協業しつつ新事業を創造するデザイナー
3医療・科学の先端を理解・活用してプロダクトとサービスに具現化するデザイナー
4製造・販売など異なる産業の垣根を越えて新たなビジネスを創出できるデザイナー
5意欲のあるベンチャービジネスを感性で支援できるビジネスデザイナー
6地方中小製造業の経営を理解しつつ事業構想とデザインを発想できるデザイナー
7伝統工芸産業のシーズをビジネスに結びつけ地域を活性化できるデザイナー
8農業、水産業、林業など一次産業をデザインの視点で復活するデザイナー

1 最初は大きな企業のデザイン「進化」
最初に、大企業に必要なデザイン進化を考えてみます。それは、他の部門とやり合い、開発の方向性を先導できる「プロデュース型デザイナー」だと思います。とりあえず今の日本が今日にでも欲しいデザイナー象でしょうね。大きな企業にはこんな状況になっています。

品質の優秀性とコストパフォーマンスのみで勝ち残れる主戦場はアジアに行って先が見えない→逆らいようの無い工業社会の拡散と移転ですから、中級、大量消費財を作っている企業は根本的な戦略見直しになります。儲け頭だった日本企業が「進化」しなければならない最大の理由です。

新技術で新商品を開発しても、あっという間に新興国に追いつかれ、あとはQ・C・Dの血みどろの戦い→先端技術分野であっても、商品の原形が完成して、市場性アリ!との展望が見えれば、経営者判断が素早い新興国企業が一挙に投資して安価なモデルを市場に出し、それがデファクトスタンダードになり、技術完成度に拘る先行(日本)企業が入れなくなります。

日々技術を練磨して優秀な商品を大規模につくっていても、技術の変曲点を見逃すと時代遅れの商品と産業になってしまう→ブラウン管が液晶TVに、レコードがCDになりもはやデータに、フィルムカメラがデジカメになったように、技術の変曲点を見過ごすと、磨き上げてきた技術が役にも立たなくなる。そのうち自動車も?

次回からデザイナーの進化象と探っていきます。

つづく

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僕のクルマ履歴 3

2011年03月03日 08:00

ふたりだけのクーペに一人だけ
スズキに入って最初に買ったのがフロンテクーペGXで、発売当時は二人だけのクーペと言うキャッチコピーで市場デビューしました。それにしばらくは一人だけで乗っていました(苦笑)。

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当時の写真

これはイタルデザインを主催するジョルジェット・ジウジアーロさんのデザインが原形ですが、Nさんという有能な社内デザイナーが大幅にリファインしたもので、原形をとどめない仕業にジウジアーロさんが激怒した?という逸話がまことしやかに残っていますが、今になっては知る由もありません。
小さいけれど、とにかくよく走る大好きなクルマでした。当時はクレジット(信用保証制度)が未発達で、個人がクルマ売買の○専手形を振り出し、月賦で購入するのが普通でした。余談ですが鈴木のお膝元である静岡が最もスズキ車の価格が高いのです!理由はそのうちに・・・。

バイブルはカーグラフィック
結婚しJrが誕生すると、二人だけのクーペではなんとも手狭になり、次に購入したのが日産のチェリークーペ X-1です。マイナーなクルマでしたが、当時のスズキの給料で手に入れることができるベストな選択だと思いました。

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当時の写真

登載されていたエンジンはA12型1200ccのOHV。それにSUのツインキャブでパワーアップし、クラッチミートが結構デリケートなクルマでした。今、乗っている“かに目”(オースチンヒーレー)のエンジンをお手本にしたものです。OHVとは思えないほど良く回る素晴らしいエンジンでした。

CG(カーグラフィック)編集長の小林章太郎さん曰く・・・
“日本の国が全て直線道路であるならば、僕は躊躇することなくチェリーの購入を勧めするであろう”

当時は、さすが小林さん!凄い眼力、名言、と思っていましたが、今にして思えば、迷言なのか、皮肉なのか、どうだったのでしょうか(苦笑)。当時のCGはクルマ乗りのバイブルであり、氏の論評は天の評価でした。

今、僕のガレージの書架には、山梨大学の I 教授から寄贈された'70年(大阪万博、僕がデザイナーになった年)から'85年までのCGが収められています。モーターファンのカースタイリングは創刊号から並んでいて、ページをめくると一気に、デザイナー人生のスタート時代にワープするのです。

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キャラバン全損!そして独立
子どもたちが育ってくると、アウトドアを楽しみたくなり、購入したのが、当時としては冒険的な選択で日産キャラバンです。商用車ですよ!これをベースに、当時は高額だったキャンピングカーを作る決意をしました。とりあえず床をフラットにして・・・始めたのはいいけれど、仕事が忙しくてなかなかはかどらず・・・。

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そのうち人生最大の失敗をします。な、なんと!一家に妻の母を加えた5人で楽しい日光観光の帰りのことです。東北高速道路は久喜付近で、大型タンクローリーに割り込まれキャラバンが横転!全員救急車で久喜の新井病院に入院。今でも思い出すと辛くほろ苦い思い出です。
これが理由ではないのですが、タイミング的に販売促進の会社を辞めることになったわけです。さあ、これでメーンストーリーの「何故デザイナーになったの?」に、サブストーリーがようやく追いつきました。

又この続きは、メーンストーリーが現在に至ったら、クルマ話の続きをお話します。次は、僕が独立した後のデザイナー人生の話に戻します。